孝行屋敷
むかしなぁ、富屋っちゅう味噌やしょうゆを売ってる店があってなぁ、そこの店の主の孫兵衛は小ちぇころからせっせと働いてなぁ、親を敬う事を決して忘れなかったんだと。 孫兵衛が出かけようとすっとなぁ、母親が呼び止めて 「今日は道が凍ってすべっから、草履を履いてけ」 って母親に言われてなぁ、そんならと草履を履いて出かけようとすると父親に呼び止められてな、 「帰りは道がぬかるんでいっから高下駄はいてけ」 ていうもんだからな、困った孫兵衛は右さ草履を左さ高下駄を履いて出かけていったんだと。 それから何年かたって父親が亡くなってなぁ、寺さ葬ったんだど。父親が亡くなっても孫兵衛は親孝行をかかさねぇでなぁ、父親は雷が嫌いなもんだから、雷がなると孫兵衛は急いで父親の墓さいってなぁ 「おらが側にいるから安心してけろぉ」 って自分がぬれるのもかまわねぇで墓に傘さして雷が通り過ぎるまでいたんだと。 そんなある日のこと、仙台のある家から火が出てなぁ、ちょうど春さきで風が強ぇもんだからあっという間に火は広がってなぁ、仙台の城下町はあっという間に焼けてしまったんだと。 んだども焼け野原の中に一軒だけぽつんと家が残っていてなぁ。その家こそ孫兵衛ん家だったんだと。 「孫兵衛の家の上さ雲があって雨が降ってただ」 「おらもみた、雲の上さお不動さまがいてなぁ」 「ありゃお不動様が親孝行の孫兵衛を助けたんだべ」 って、孫兵衛の親孝行が町中の噂になってたんど。それどころかお殿様の耳に入って親孝行のたまものだということで味噌やしょうゆのお抱えにしてもらうどころかお侍さんに取り立てられたんだってなぁ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| ホーム |
|

