お粂ヶ淵
むかしなぁ、秋保温泉に入る手前の磊々峡(らいらいきょう)ちゅうところを年頃の娘さんとわけぇ男があるいていたんだと。娘はお粂といってな、江戸の大きな店のお嬢様なんだと。男のほうは新助といってな、お粂の店で働いていたんだと。まぁ、はぇえ話が駆け落ちでなぁ、二人は江戸から秋保までやってきたんだと。 お粂が川端の石に腰掛けてなぁ 「新さん、わたしつかれましたわ」 って、だだこねたんだと。新助は心の中ではまたなのか、と思ってもなぁ 「お嬢さん、湯治場まではもうすぐですから辛抱なさってください」 って諭したんだと。そうしたらお粂は 「いやだわ、お嬢さんじゃなくてお粂と呼んで」 なぁんて、周りから見ても二人とも仲むつまじかったんだと。んだども、お粂は町での暮らししかしらねぇもんだから新助にわがままばかりいうもんでな、すっかり新助はさめていたんだと。 「わたし、これ以上歩けないからこれをもって」 って新助に自分の荷物をわたしたんだと。その時になぁ、自分の腰に巻いていた五十両も重いんで渡したんだと。お粂から五十両もの大金を預かった新助はなぁ、 「これ以上お粂と一緒にいても世話が焼けるだけだ。いま自分には五十両がある」 ってな、金の切れ目が縁の切れ目、魔がさした新助はなぁ、石に腰掛けて休んでいるお粂を後ろから突き飛ばしたんだと。すっかりふいをつかれたお粂は驚きながらも新助をすごい形相で見つめながら淵ん中に落ちて二度と浮き上がることはなかったんだと。 それからというもの、その淵からは夜な夜な 「新さんにくい…新さんにくい…」 ってお粂の幽霊が出るようになったんだと。それからというものその淵をお粂ヶ淵って呼ぶようになったんだとさ。 そうそう、新助はお粂を淵に落とした後に西へ東へさまよったんだども、良心の呵責に逃げらんなかったのかどうかはしらねぇがいつしか足は磊々峡に向かってなぁ、川に身を投げたんだと。新助のなきがらが浮かんできたのがお粂ヶ淵だってなぁ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
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