お六尺の勘兵衛さん
むかしなぁ、坪沼に勘兵衛さんっちゅうそれはそれは背が高く力持ちの男がいたんだと。 十五のころになぁ、近くにかけてあった丸太橋が流さったんだと。それはそれは大きな 橋でなぁ、大の大人が50人ぐれぇいなけりゃ岸にまで流さった橋を引き上げることが できねえほどだったんだと。みながおろおろみていっとなぁ、勘兵衛が一人で川ん中さ 入って丸太橋を力任せで、がぁー、って肩さかかえたかと思うとそのまま岸さあがって んだと。これには回りの村人もびっくりしてなぁ、この話が伊達家にも伝わって勘兵衛 さんは伊達家お抱えのかごかきになったんだと。 ある年のこと、伊達のお殿様が江戸さ行くことになってなぁ、もちろん勘兵衛さんもか ごかきとして何日も何日もかごをかいて江戸さいったんだと。江戸さついたら勘兵衛さ ん、あまりの人の多さにたまげてしまってなぁ、 「芋のごった煮なら知ってっけども、人間のごった煮ははじめてだべ」 ってなぁ。 んで、お殿様は江戸城の将軍様にごあいさつしなきゃなんねぇもんだからかごさのって 江戸城さ向かったんだと。江戸城の入り口である大手門の前さ行ってみっとなぁ、それ はそれは日本全国からのお殿様が将軍様さあいさつするためにごったがえしていたんだ と。とても伊達のお殿様のかごが通るとこなんてなくてなぁ、いつ江戸城さ入れっかわ かんねえもんだから、勘兵衛さんは伊達のお殿様が乗っているかごの底を一人で持ち上 げて 「仙台候のお通りだぁ、どいてけろ」 って大声で怒鳴ったかと思うとみながあっけに取られている間ゆうゆうとかご持ち上げ たまま江戸城さ入っていったんだと。このことが江戸中のうわさとなって 「勘兵衛さん、江戸さ出てきて相撲取りになったらよかんべ。きっといい横綱になるべ」 って誘わったんだと。んだども勘兵衛さんはその誘いをことわって大好きな坪沼で一生 をすごしたんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| ホーム |
|

