悪玉御前と千熊丸
利府の菅谷には長者屋敷が何軒もあってなぁ。今日はその中の九門長者のお話。 むかしなぁ、九門長者の召使に悪玉御前っちゅうもんがおったんだと。悪玉は元々は都の貴族の娘さんだっただども輿入れの時に盗賊にさらわれてしまったんだと。 その時に観音様に 「観音様、どうか私の姿をただの者には醜い女に、貴人には美しい女に見えるようにしてください」 って願をかけてなぁ、観音様もその願いを聞き入れたんだと。それからというもの貴人には巡り会えねぇでとうとうこの地にまでやってきたんだと。皆は醜い女に見えたもんだから悪玉御前って呼ばれるようになったんだと。 ある日のこと、田村麻呂将軍が蝦夷征伐で菅谷にやってきたんだと。その時に女子沢(おなごさわ)でせりをつんでいる悪玉を見てなぁ、なんと美しい娘だと一目ぼれしてしまってなぁ、家来に 「あの美しい女子を連れてまいれ」 って言ったんだと。んだども家来には醜い女しかいねえように見えてなぁ、つれてこなかったんだと。田村麻呂将軍はそんなはずはねぇと自ら連れて来させるとなぁ、みればみるほど美しい女子だったんだと。それからというもの田村麻呂将軍は近くさはべらせ側から離そうとしねかったんだと。 やがて田村麻呂将軍がこの地を離れることになったんだども、その時に悪玉御前のおなかのなかさ子を宿していたんだと。それを聞いた田村麻呂将軍はもしも男であればこのかぶらやを、女であればこの布をといって都さ帰っていったんだと。 悪玉御前はお産の準備していたんだどもなぜか十月十日でうまれねくてなぁ、結局三年三月お腹さいてようやく男の子が生まれたんだと。九門長者には子供がいねかったもんだから千熊丸と名をつけて長者の息子として育てられたんだと。 千熊丸はすくすく育ってある年の八月十五日に八幡様でやぶさめがおこなわれたんだと。んだども周りから 「この父なし。魔縁のたねをやどしたんだべ」 ってやぶさめさ出させてもらえなかったんだと。 辱めをうけた千熊丸が屋敷さかえっと悪玉御前が千熊丸のやぶさめを祈願してなぁ、 「千熊丸もこのような片田舎でなく都でいまをときめく将軍様の若者として育っていれば。便りのない将軍様がおなごりおしい」 っていってたんだと。それを聞いた千熊丸は悪玉御前に問いただすと、悪玉御前は 「お前は田村麻呂将軍の子供である」 といってかぶらやを千熊丸さ渡したんだと。千熊丸はそれを聞いてなぁ、都さ行き父親を探す決心をしたんだと。 千熊丸が都さついて方々駆け巡るとなぁ、あるお屋敷からまりが塀を越えて千熊丸の前さ落ちたんだと。それを千熊丸が蹴返すとなぁ、中から家来が出てきて 「まりを蹴返すとは無礼なやつめ」 って千熊丸をひっとらえて厩の中さ入れたんだと。千熊丸が厩の中をよくよくみてみるとなぁ、そこには人骨が散らばって奥のほうさ鬼鹿毛馬が千熊丸の様子を伺っていたんだと。千熊丸はあわてずになぁ 「われは捕らえられているが田村麻呂将軍の子である」 というとなぁ、鬼鹿毛馬は涙をぼろぼろ流してひざを折ったんだと。それをみた千熊丸は馬さまたがり都を走り続けたんだと。 それをみた家来たちは只者ではねぇってんで千熊丸さ膳を出したんだと。千熊丸が食事をしてっとなぁ、奥の座敷の方から千熊丸さめがけて矢を放ったんだと。千熊丸は箸で矢をはさんで何事もねぇように食事を続けたんだと。これを見た家来たちは驚いてしまってなぁ、名をただすと 「我は田村麻呂将軍の子である」 って言うもんだからびっくりしてなぁ、その家の主が田村麻呂将軍の家だったんだと。そこで何か証拠があるか聞いたんだと。千熊丸は持っていたかぶらやを出すとなぁ、屋敷の主人の持つかぶらやをあわせてみたら見事に一致してなぁ。ついに親子対面を果たすことができたんだと。そこで残してきた悪玉御前を都さ呼んでなぁ、千熊丸は二代目田村麻呂将軍として立派な働きをしたんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
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