添田の板塀
むかしなぁ、添田儀左衛門ちゅうおさむらいさんが弘前さ住んでいたんだと。儀左衛門は剣術に優れていてその名をしらねえもんはいねかったんだと。 ある日のこと、剣術なかまと山さキノコ狩りにいったんだと。山の奥深くさまではいってしまってなぁ、道を右さ左さ歩いているうちに迷ってしまってとうとう日がくれてしまったんだと。どうしようかと二人して歩いているとなぁ、遠くのほうから、かこーん、かこーんって木を切る音が聞こえたんだと。これ幸いと二人は木の切る音を頼りに歩いてみっとそこにはきこりがいてなぁ、弘前さ戻る道を聞いたんだと。そしたらきこりは 「もう日も落ちて今から帰るのは危険だ。んだからきこり小屋でよけりゃあ泊まっていきなせぇ」 っていったんだと。二人はそれならば厄介になろうと、きこり小屋で一夜を明かしたんだと。あくる日、二人はきこりの案内で無事に弘前さ戻る道に出ることができ たんだと。そん時儀左衛門は 「その方のおかげで助かった。何か御礼をしたいのだがあいにく何も持ち合わせていないからお前に木を切る方法を教えよう」 って道端さあった木を持つとなぁ 「ヤッ」 っという気合をいれたと思ったら手のひらで切り倒してしまったんだと。これにはきこりも驚いてなぁ。儀左衛門は 「これを身につけるには腰につくぐらい川に入り毎日三年間手のひらで水の上下を二つに切るんだ。その間に木の試し切りをしてはならぬぞ」 って教えたんだと。 んだどもこれは儀左衛門のでまかせでなぁ、本当は剣の極意で木を切ったんだと。 そうとはしらねえきこりはやれば必ずできるもんだと思って毎日毎日川さは入り水を切っていたんだと。そしたらその一念からなのか、ついに水を切ることができてなぁ、ためしに木を切ってみたらいとも簡単に切ることができたんだと。それからというものその技を使って木を切り倒し暮らして三年たった頃、儀左衛門の家さ出向いて技を習得したことを報告したんだと。儀左衛門はおどろいてしまってなぁ、ためしに庭さある木を切るように命じた所きこりは気合もろとも切り倒してしまったんだと。儀左衛門は自分とは違う方法で木を切ったのだとさっしてな、これは武士の面目にもかかわると顔をこわばらせたんだと。そしてもう一本木を切るように命じてなぁ、きこりが背を向けて木を切ったその時、儀左衛門もきこりの首を切ってしまったんだと。 それから幾日かたつとなぁ、儀左衛門が病のため床さつくようになったんだと。横になった儀左衛門が塀を見るとそこさきこりの首が屋敷の板塀の忍び返しさのっかっているのが見えたんだと。儀左衛門が最後を悟るとなぁ、これからは塀によしずで隠すように遺言して死んでしまったんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
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