今回はメジャーな地名とマイナーな地名の二つに関する由来話でした。
前半の金沢の由来話は、似たような類話は日本全国に存在し、東北では義経につかえた金売吉次を思い出します。吉次も似たような話で金を手に入れました。余談ですが「貴金属に関する通俗書の中では、良質な鉱脈を掘り当てることを「いもを掘る」と説明されている。「いもヅル」とか「金ヅル」という言葉は鉱山師が使い始めたという。」という考察がありました。芋ほりが金を見つけるということはこのようにつながるのですね。 芋掘り長者は金沢でも有名な話で、兼六園に金城霊沢という砂金を洗った沢の跡があるそうです。私は最初にこの話を「まんが日本昔ばなし」の絵本で見ました。そして、金沢の昔話を検索しましたところ藤五郎という男が主人公です。機会がございましたら、ぜひご覧ください。あくまで、私の記憶を元に掲載しました話ですので地元の話と少し違う部分がございます。ご了承ください。 そして私の地元である仙台のローカルな地名の話ですが、由来話というよりはなぜその地名になったのかを子供に聞かれて話した話ではないかと思います。 実際には鈎取にも人来田にも茂庭にもそれぞれの由来の説がいくつかございます。最近は合併が進んでおりますが、昔からの地名を大事にする、語り継ぐということも大事ではないでしょうか。地名を変えることは簡単ですが、先人がなぜその地名にしたのかを知らずに変えるのと知って変えるのでは雲泥の差があります。最近の地名変更は何故その地名になったのかをまったく知らないで、知ったとしても聞き流す程度で変えるのを急いでいるように見えます。昔からある歴史ある地名を、浅はかな考えで自分の好む地名に変えることの重大さを改めて認識することが大事だと思います。 話がずれてきましたので元に戻しますと。この話は思い出深く小学生の頃に私が得意としていた話です。自分が住んでいる場所なので愛着がどの話よりもあるので得意としていたのかもしれません。皆様も自分の住んでいる場所の話があるかもしれませんね。 さてここからは黄金の牛という芋ほり長者の類話をお送りいたします。ぜひご覧ください。 「黄金の牛」 むかし、遠野にある長者がいたんだと。その長者のところに一人の下男がいたんだけど、その下男は芋掘りがうまかったんだと。村人は 「また芋掘りに行くんだべか」 と笑っていたんだと。 そんな下男だったがある年の大晦日に芋掘りに山に入ると黄金を掘り当てたんだと。黄金を床の間に飾ったらそれはそれはまぶしくて、ついに長者になったんだと。 そしたらその芋掘り長者は人を雇って金を掘るようになったんだと。そうしたら、今度は全然金が出てこねぇもんだから、村のもんは 「また芋掘りにもどっただべか」 といいはじめたんだと。それでも掘り進めてみると三年後の大晦日に牛の形をした金を掘り当てたんだと。芋掘りは喜んで喜んで雇ったもんと宴会をはじめたんだと。 次の日の元旦の夜明けとともに、牛の角に紐をつけてひぱったんだけども、角がポキリと折れてしまったんだと。今度は牛の首に紐をかけて引っ張ったんだと。みんなで引っ張っていったら牛が二、三歩歩いたかと思うとドカッと杭が落ちて雇った鉱夫75人が死んでしまったんだと。 その時に炊事係として働いていた男は炊事の時間きっかりに呼ぶので鉱夫からは融通の利かない男、ウソトキと呼ばれていたんだと。自分の残り物や、なべのそこのおこげを持ち帰り母親を養っていたんだと。それぐらいの親孝行だから色々な雑物は鳥たちにあげていたんだと。それを鉱夫たちは愚者扱いしていたんだと。 黄金の牛を引くのに一人でも多いもんがいいからウソトキも呼ばれたんだと。ウソトキが引っ張ろうとすると外から 「ウソトキ、ウソトキ」 と声がするもんだから、外に出てみたんだと。そうしたら、誰もいなかったんだと。 もう一度中に入りひっぱろうとすると、また外から 「ウソトキ、ウソトキ」 と声がするんで。もう一度外に出たんだと。でも外にはだーれもいなかったんだと。ウソトキはもう一度中に入り引っ張るのを手伝おうとしたんだと。そうすると外から今までより大きな声で 「ウソトキ、ウソトキ」 と声がするんで、もう一度外に出たんだと。ウソトキが外に出たちょうどその時に中で杭が落ちて75人が死んだんだと。ただ一人の生き残りがウソトキなんだなぁ (佐々木喜善 聴耳草紙より) (ご協力 紫様) せんだいむかしばなし つぶの旅 ほぼメルマガと同話 太白区の伝説 田螺の旅 ほぼメルマガと同話 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
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