臼
むかしなぁ、仙台の伊達政宗公の若ぇころのはなしでな。相馬氏といくさをしていたんだと。政宗公が相馬の城をせめていたんだどもあるときのこと、政宗公が負けてしまい、急いで城さ逃げ帰ろうとしたんだと。んだども家来たちとはぐれてしまってなぁ、政宗公ひとりになってしまったんだと。後ろから追っ手がせまってなぁ、角田の佐倉さついたころにはもうどうすることもできねぇとこまできたんだと。 そしたら森の中さきこりがいてなぁ、ちょうど臼をつくっていたんだと。政宗公はな、かくまってくれるように頼んだんだと。きこりは作りかけの臼の中さ政宗公をかくまって作業を続けたんだと。臼はほとんど出来上がったんだどもな、怪しまれちゃあなんねぇってんでゆっくり作業を続けてな、そして必要ねえのに臼の周りさ溝を掘り始めたんだと。んなもんだから追っ手も怪しまずに別の所さいってしまったんだと。政宗公は難を逃れることができてなぁ、無事にお城さ戻ることができたんだと。んなもんだから角田の臼はこんな形をしているんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
杉のお伊勢参り
師走も迫ったころのはなしなぁ、お杉という娘っこがひとりでお伊勢参りをしたんだと。伊勢神宮について社前で祈りをささげてあとは帰るだけだったんだと。んだどもちーっとも社前の前から動こうとしねぇもんでなぁ、別当さんが気になって声をかけたんだと。そしたらお杉は 「私ははるばる奥州の早瀬関からお伊勢参りに来ましたが、お金がそこをついてしまいかえろうにもかえれないのです。どうか旅費を貸してください。国に帰れば必ずおかえしいたします」 ってなんべんもなんべんも頭を下げて頼んだんだと。これをみた別当は気の毒におもってな、お杉さお金を貸したんだと。お杉は喜んであつくお礼をのべると関さかえっていったんだと。んだどもそれから別当の所さ何も返事がねぇまま三年すぎてなぁ。 ある日のこと、別当がお札を配るために関へ行ったんだと。そして本陣さ宿をとり主人の渡部勘兵衛にお杉という娘っこのことをたずねたんだと。んだども勘兵衛はお杉のことを知らなくてなぁ、他の村のもんさも訪ねたんだどもだれも知っているもんがいなかったんだと。これは別当は騙されてしまったのかと思ってそのまま一夜をすごしたんだと。 あくるひ、別当が朝起きて屋敷の裏を歩いているとなぁ、大きな杉の木になにか光輝くものがぶらさがっていたんだと。なんだべなぁ、ってよくよく見てみると絹のふろしきさなにか包まっていたんだと。それを木さ登って中を見てみるとな、中さ伊勢神宮のお札と別当が貸したお金が入ってたんだと。 「狐や狸が化け物になる話はよく聞くが木が人に化けて神宮さお参りするのはめずらしいこともあるもんだ」 ってなぁ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
牛石
むかしなぁ、京の都から高貴なお方がお供を連れて旅をしていたんだと。そして村田町さはいってしばらく歩くとなぁ、そこには川が流れて連れていた牛のえささなるやわらけぇ草がたくさんはえていたんだと。都からの旅なもんだから、一行はつかれていてなぁ、ここで休憩をとることにしたんだと。みなは昼飯を食ったり、暖かな陽気なもんで水浴びしたり昼寝をしたり、牛たちも草食べてごろんと横になっていたんだと。 十分に休みとったところを見計って主人が 「そら、出発じゃ」 ってみなに声をかけたんだと。そしたらお供のものから牛まですくっと起き上がって旅路を急いだんだと。んだども一番大きな牛がそれさ気づかねぇでずっと眠りこけていたんだと。日が落ちて、日が昇り、日が落ちて、まいにちまいにち眠りこけてなぁ、とうとう石になってしまったんだと。 んだからここを「牛石」っていうんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
悪玉御前と千熊丸
利府の菅谷には長者屋敷が何軒もあってなぁ。今日はその中の九門長者のお話。 むかしなぁ、九門長者の召使に悪玉御前っちゅうもんがおったんだと。悪玉は元々は都の貴族の娘さんだっただども輿入れの時に盗賊にさらわれてしまったんだと。 その時に観音様に 「観音様、どうか私の姿をただの者には醜い女に、貴人には美しい女に見えるようにしてください」 って願をかけてなぁ、観音様もその願いを聞き入れたんだと。それからというもの貴人には巡り会えねぇでとうとうこの地にまでやってきたんだと。皆は醜い女に見えたもんだから悪玉御前って呼ばれるようになったんだと。 ある日のこと、田村麻呂将軍が蝦夷征伐で菅谷にやってきたんだと。その時に女子沢(おなごさわ)でせりをつんでいる悪玉を見てなぁ、なんと美しい娘だと一目ぼれしてしまってなぁ、家来に 「あの美しい女子を連れてまいれ」 って言ったんだと。んだども家来には醜い女しかいねえように見えてなぁ、つれてこなかったんだと。田村麻呂将軍はそんなはずはねぇと自ら連れて来させるとなぁ、みればみるほど美しい女子だったんだと。それからというもの田村麻呂将軍は近くさはべらせ側から離そうとしねかったんだと。 やがて田村麻呂将軍がこの地を離れることになったんだども、その時に悪玉御前のおなかのなかさ子を宿していたんだと。それを聞いた田村麻呂将軍はもしも男であればこのかぶらやを、女であればこの布をといって都さ帰っていったんだと。 悪玉御前はお産の準備していたんだどもなぜか十月十日でうまれねくてなぁ、結局三年三月お腹さいてようやく男の子が生まれたんだと。九門長者には子供がいねかったもんだから千熊丸と名をつけて長者の息子として育てられたんだと。 千熊丸はすくすく育ってある年の八月十五日に八幡様でやぶさめがおこなわれたんだと。んだども周りから 「この父なし。魔縁のたねをやどしたんだべ」 ってやぶさめさ出させてもらえなかったんだと。 辱めをうけた千熊丸が屋敷さかえっと悪玉御前が千熊丸のやぶさめを祈願してなぁ、 「千熊丸もこのような片田舎でなく都でいまをときめく将軍様の若者として育っていれば。便りのない将軍様がおなごりおしい」 っていってたんだと。それを聞いた千熊丸は悪玉御前に問いただすと、悪玉御前は 「お前は田村麻呂将軍の子供である」 といってかぶらやを千熊丸さ渡したんだと。千熊丸はそれを聞いてなぁ、都さ行き父親を探す決心をしたんだと。 千熊丸が都さついて方々駆け巡るとなぁ、あるお屋敷からまりが塀を越えて千熊丸の前さ落ちたんだと。それを千熊丸が蹴返すとなぁ、中から家来が出てきて 「まりを蹴返すとは無礼なやつめ」 って千熊丸をひっとらえて厩の中さ入れたんだと。千熊丸が厩の中をよくよくみてみるとなぁ、そこには人骨が散らばって奥のほうさ鬼鹿毛馬が千熊丸の様子を伺っていたんだと。千熊丸はあわてずになぁ 「われは捕らえられているが田村麻呂将軍の子である」 というとなぁ、鬼鹿毛馬は涙をぼろぼろ流してひざを折ったんだと。それをみた千熊丸は馬さまたがり都を走り続けたんだと。 それをみた家来たちは只者ではねぇってんで千熊丸さ膳を出したんだと。千熊丸が食事をしてっとなぁ、奥の座敷の方から千熊丸さめがけて矢を放ったんだと。千熊丸は箸で矢をはさんで何事もねぇように食事を続けたんだと。これを見た家来たちは驚いてしまってなぁ、名をただすと 「我は田村麻呂将軍の子である」 って言うもんだからびっくりしてなぁ、その家の主が田村麻呂将軍の家だったんだと。そこで何か証拠があるか聞いたんだと。千熊丸は持っていたかぶらやを出すとなぁ、屋敷の主人の持つかぶらやをあわせてみたら見事に一致してなぁ。ついに親子対面を果たすことができたんだと。そこで残してきた悪玉御前を都さ呼んでなぁ、千熊丸は二代目田村麻呂将軍として立派な働きをしたんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
猫報恩
むかしなぁ、といっても明治も終わりの頃のおはなし。気仙沼さ清竜庵っちゅう宝鏡寺の隠居寺があったんだと。そこには宝鏡寺を隠居した保田孝道和尚が一匹の三毛猫とともに余生を過ごしていたんだと。和尚は猫を我が子の様にかわいがってなぁじぶんでは食べない生臭ものをわざわざ猫のために工面して与えていたんだと。 んだども歳には勝てねぇもんでなぁ、病さ倒れて外さでれずにずっと寝込んでいたもんだからみいりがなくなってしまったんだと。んなもんだから門前さ住む檀家さんのほどこしでその日その日をすごしていたんだと。 ある日のこと、和尚が朝起きると枕元さ鶏の卵が四、五個ころがっていたんだと。そのとき門前の婆がやってきたもんで尋ねてみたんだども、しらねぇっていうんだと。和尚が不思議がっているとなぁ、次の日もそのまた次の日も朝起きっと鶏の卵が枕元さ転がっていたんだと。 ある日のこと、檀家の割烹の主人が和尚の見舞いにやってきたんだと。和尚と主人はあれこれはなすうちに、和尚はふと枕元さ転がっている鶏の卵の話をしたんだと。 これを聞いた主人はいいにくそうになぁ、 「実は私の店から最近卵がなくなっているのですよ。注意してみているのだが」 って不思議そうにいったんだと。そしたら部屋の隅さちょこんと丸まっていた猫がこそこそ部屋を出て行ってなぁ、これをみた主人は改めて卵を見てみたんだと。そしたら卵さ爪で引っかいたような傷やら猫の毛がついているのをみてなぁ、 「和尚さん、わかりましたよ。これはあなたが大事になさっている猫の恩返しに違いない」 っていったんだと。そしたら和尚は猫のいじらしさに感激したんだども 「二度とこんなことするんじゃないぞ」 って頭を撫でて戒めたんだと。 和尚さんはそれから半年後に亡くなったんだどもそのころから猫も寺から姿を消したんだど。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
太郎天神(松島)
むかしなぁ、太郎ちゅうもんが天神様の近くで弓の稽古をしていたんだと。そした ら打った矢がどうしても見つかんなくてなぁ、これは天神様が食ってしまったのだろうって天神様を追い出してしまったんだと。 そしてらこれを知った婆様が 「太郎がなんといおうとも、おらの屋敷さいてくだせぇ。天神様」 って詫びを入れたんだと。そしたら太郎は 「婆がなんといったっておらの屋敷にづがんな(いるな)天神」 といってとうとう追い出してしまったんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
太郎天神(多賀城)
むかしなぁ、多賀城さ桜井様っちゅう家があったんだと。桜井様の屋敷の中には天神様を氏神として祀っている天神社があったんだと。桜井様の家督に太郎っちゅうもんがおってなぁ、あるひのことお伊勢参りさでかけることになったんだと。両親は太郎を見送ったあとまいにちまいにち無事に帰ってくるように天神様さ祈ってなぁあっという間に太郎が帰ってくる日になったんだと。 んだども帰って来る日になっても、次の日もそのまた次の日も帰ってこなかったんだと。んなもんだから婆様は天神様さ向かって 太郎らんがマメ(達者)で帰らぬものならば おらが屋敷におかぬ天神 て歌を詠んだんだと。そしたら爺様があわてて 婆らんが 何を言ったとておれに 免じておれや天神 って歌を詠んだんだと。そしたら太郎は天神様のおかげで無事にお伊勢参りから帰ることができたんだと。それからというものこの天神様を太郎天神と呼ぶようになったんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |


