お捨地蔵
むかしなぁ、それはそれは広い沼があってなぁ、夏になると蓮の花が沼一面に咲いていたんだと。蓮の花はこの世とは思えねぇほどきれいなんだども、いつの頃からかはしらねぇけんどもこの蓮を取ると死んじまうといわれてなぁ、誰もこの蓮を取ろうとしなかったんだと。 そんなある日のこと、近くに住む長者どんの娘であるお捨てと召使いが沼にやってきたんだと。お捨はそれはそれはきれいな娘でなぁ、蓮の花の美しさにも負けねえぐらいだったと。 お捨は蓮の花を眺めるうちにどうしても蓮の花がほしくなってなぁ、お捨は召使いの言うこともきかねえで沼のほとりにいって蓮の花を取ろうとしたんだと。お捨が蓮の花に手を伸ばして取ろうとするとなぁ、水面に見る見るうちにいくつもの波紋ができたんだと。あんまりにも波紋が多いもんだからお捨は目を回してなぁ、ざぶーんって池ん中に落ちてしまったんだと。慌てて召使いがお捨の名を叫びつづけてもなぁ、お捨は沼から這い上がるどころかどんどん何かに魅入られたように沼の奥に行ってなぁ、そのまま戻ることはなかったんだと。 それからというもの、その池には夜な夜な火の玉が出るようになってなぁ、村のもんはお捨の怨念だと思ったもんだから、近くにお地蔵様を奉ったんだと。それからというものこのお地蔵様をお捨地蔵と呼ぶようになったんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
清四郎淵
むかしなぁ、清四郎ちゅうそれはそれは働きもんの婿殿がおったんだと。ある日のこと清四郎が淵の岩場に足かけて、薪のために木を切っていたんだと。そしたら清四郎は足を滑らせてなぁ、うまく木の根にしがみついたから清四郎は無事だったんだども、鉈を淵ん中にに落としてしまったんだと。 「婿が鉈をなくしたってんじゃあ、家に帰れねぇ」 ってな。どうしたもんかと考えていたんだども、どうもこうもなんねぇから思い切って淵ん中に潜って探す事にしたんだと。清四郎は淵ん中に飛び込んでもぐっていくとなぁ、淵の底には鉈を持った美しい女性がいたんだと。清四郎は思わず女に見とれてしまってなぁ、一度上に上がろうとしたら 「まってください。もう一度もぐっていらしたら鉈をお返しいたします」 っていったんだと。 清四郎は一度水面に上がった後、すぐにもう一度淵ん中に潜ったんだと。んで、さっきの女がいたところに行ってみっと、そこにはもう誰もいなかったんだと。あたりを見回しているとなぁ、泥がぬくぬくと湧き上がったんだと。あっというまに淵全体が泥まみれになってなぁ、清四郎はあわてて水面に戻ろうとしたんだども体が麻痺したように動かなくなってなぁ、清四郎は二度と戻る事はなかったんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
お粂ヶ淵
むかしなぁ、秋保温泉に入る手前の磊々峡(らいらいきょう)ちゅうところを年頃の娘さんとわけぇ男があるいていたんだと。娘はお粂といってな、江戸の大きな店のお嬢様なんだと。男のほうは新助といってな、お粂の店で働いていたんだと。まぁ、はぇえ話が駆け落ちでなぁ、二人は江戸から秋保までやってきたんだと。 お粂が川端の石に腰掛けてなぁ 「新さん、わたしつかれましたわ」 って、だだこねたんだと。新助は心の中ではまたなのか、と思ってもなぁ 「お嬢さん、湯治場まではもうすぐですから辛抱なさってください」 って諭したんだと。そうしたらお粂は 「いやだわ、お嬢さんじゃなくてお粂と呼んで」 なぁんて、周りから見ても二人とも仲むつまじかったんだと。んだども、お粂は町での暮らししかしらねぇもんだから新助にわがままばかりいうもんでな、すっかり新助はさめていたんだと。 「わたし、これ以上歩けないからこれをもって」 って新助に自分の荷物をわたしたんだと。その時になぁ、自分の腰に巻いていた五十両も重いんで渡したんだと。お粂から五十両もの大金を預かった新助はなぁ、 「これ以上お粂と一緒にいても世話が焼けるだけだ。いま自分には五十両がある」 ってな、金の切れ目が縁の切れ目、魔がさした新助はなぁ、石に腰掛けて休んでいるお粂を後ろから突き飛ばしたんだと。すっかりふいをつかれたお粂は驚きながらも新助をすごい形相で見つめながら淵ん中に落ちて二度と浮き上がることはなかったんだと。 それからというもの、その淵からは夜な夜な 「新さんにくい…新さんにくい…」 ってお粂の幽霊が出るようになったんだと。それからというものその淵をお粂ヶ淵って呼ぶようになったんだとさ。 そうそう、新助はお粂を淵に落とした後に西へ東へさまよったんだども、良心の呵責に逃げらんなかったのかどうかはしらねぇがいつしか足は磊々峡に向かってなぁ、川に身を投げたんだと。新助のなきがらが浮かんできたのがお粂ヶ淵だってなぁ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
オドガモリの狐
むかしなぁ、生出森になんとも化けるのが下手な狐がいたんだと。いっつもうまくばけようとするんだども、なんとも立派な尻尾を持っているもんだからそれをかくしきれねえもんでなぁ、まいにちまいにち化ける練習をしていたんだと。 そんな狐が村に下りてきたんだと。ちょうど村のもんは田植えの時期だったもんだからみいんな出払ってしまっててな、狐は悠々と村ん中を歩いていたんだと。その頃ちょうど田んぼから帰ってきた作兵衛が家ん中からおっかあの声がするもんでなぁ、 「おっかあは田んぼにいるのにどうしたんだべなぁ」 って不思議がってこっそりと裏口から家の中をのぞいたんだと。そうしたら、中にはたしかにおっかあがいるんだども尻尾から太い尻尾が見えていてなぁ、狐が作兵衛のおっかあに化けていたんだとな。作兵衛はとっつかまえようとすると様子を見ているとなぁ、おっかあに化けた狐は家ん中にいた赤ん坊の前に座ってなぁ子守唄を歌い始めたんだと。そう したらさっきまでぐずっていた赤ん坊はすやすやと眠り始めたんだと。それをみとどけた狐はもとの姿に戻って山に戻っていったんだと。 これを見た作兵衛は 「おらがいねえときに赤ん坊をあやしてくれてたとはオドガモリの狐は神のつかいなんじゃのう」 ってこの話を他の村人に話したんだと。んだども村人ん中には 「おらあ、酔っているときに化かされてお土産をとられたぞ」 「おらなんか風呂だと思って肥溜めにいれられたぞ」 ってなぁ、この話を影のほうから狐が聞いていてなぁ、 「人を化かしてはいけねえってあれほどいったのに」 って残念がっていたんだと。 んだどもこのオドガモリの狐だけは人間に化けては村人を助けていたんだと。んだども太い尻尾を隠す事はできなかったんだってな。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
生出森(オドガ)と亀が森
生出森(太白山)の向かいに亀が森っつう山があってなぁ、 「生出森よ、おめえの背は低いなぁ。おらのほうがずうっと高え」 っていうとなぁ、生出森は 「何を言う、おらのほうがおめえよりもずうっとずうっと高えさ」 ってお互いゆずらねかったんだと。 お互いが言い合ってもなかなかゆずらねえもんだから、それを見ていた里のもんがなぁ、 「そんなら相撲で決めたらよかんべ」 ってなあ、相撲で決める事にしたんだと。 いざ相撲をはじめてみっとなぁ、亀が森の力があまりにも強えもんで生出森が土俵際に追い込まれたんだと。生出森はこれじゃあいけねぇってんで最後の力を振り絞ってひじを使って亀が森を投げ飛ばしたんだと。そしたら亀が森は頭から落ちてなぁ、頭がなくなってしまったんだと。生出森もひじ使ったもんだから、いまでも山の横がでっぱっているん だと。 そんなことがあってからお互いに言い争う事はしなくなったんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
太白山の大男
太白山っつう山が仙台にあるんだけどもな、この山が一晩のうちにできたのはだいぶ前に話したよなぁ。それがいつの頃からかわかんねぇんだども、太白山にそれはそれはでっかい大男が住んでいたんだと。 いっつも太白山のてっぺんにある石に座ってなぁ、右足は一里むこうの名取高館の田んぼんなかに、左足は海の近くにあってなぁ、手を伸ばしては魚や貝をとってむしゃむしゃ食べていたんだと。食べた時の貝殻なんかは近くの川に捨ててなぁ、貝塚みたくなっているんだとな。 時々大男はふもとの村にやって来るんだども、顔が雲の上にあって誰もその顔を見たことがないんだと。んだども心やさしい大男でなぁ、お百姓さんが忙しい時なんかは、一人で何把、何十把、何百把もの稲を束ねたりしてなぁ手伝っていたんだと。そのときによごれた足を洗った沢があってなぁ、それを今でも足洗沢っていうんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
史談 松林蝙也斎
鞍馬山で天狗に稽古つけてもらったのは牛若丸だけどなぁ、そのむかし浅間山の天狗にけいこをつけてもらって剣術を学んだっていう剣士が仙台藩にいたんだと。なんでも飛んでいるハエの首を切り落としたりとか、川沿いの柳の葉が水に落ちるまでに13個に細切れにするんだとかいわれていてなぁ、その剣士は松林左馬助といってなぁ。伊達藩のお抱えの剣術指南役だったんだと。 「伊達藩にはそのような剣士がいるもんならぜひ見てみたい」 って江戸の将軍様がいうもんだからなぁ、伊達のお殿様は左馬助をつれて江戸に行ったんだと。将軍様の目の前に現れた左馬助を見てなぁ、もう六十歳になろうかというおじいさんだったもんで将軍様は内心がっかりしていたんだと。 んだどもいざ試合が始まるとなぁ、その身のこなしは六十歳どころかまるで江戸の名ある剣士よりも機敏に動いてなぁ、何よりも驚いたのは相手の刀に身軽に飛びのったり、屋根に飛び乗ったりと、相手を翻弄しては相手に打ち込んでいったんだと。その姿たるや、将軍様は袴のすそが飛ぶたびにひらひらするもんでなぁ 「あっぱれ、その姿蝙蝠の如し」 といってなぁ、左馬助にたくさんのご褒美と蝙蝠のような剣術であるから「蝙也斎」という名前を与えたんだと。このときは六十歳だっただども亡くなる七十五歳までなぁ、毎日剣をふっては弟子に稽古をつけていたんだと。 そんな蝙也斎だけど、たった一度だけ負けてしまった事があったんだと。 蝙也斎は家に三年間だけと期日を決めて雇っている女中らがいてなぁ、 「わしを驚かせる事ができたら三年分の賃金を払って暇をとらせよう」 っていったんだと。 蝙也斎にとってはたわごとだったんだども女中らはなぁ、なんとかして三年分の賃金がほしくてほしくて昼夜とわず蝙也斎を観察したんだと。んだども、さすがは仙台藩の名剣士なもんだから隙がぜんぜんなくてなぁ、だれも驚かす事ができなかったんだと。 そんなある日の事、蝙也斎が家に帰ってくると一人の女中が足洗うためのお湯を桶ん中に入れてもってきたんだと。早速、蝙也斎が足を洗おうとするとそのお湯が熱くてなぁ、 「水をうめよ」 って女中に言ったんだと。女中は桶ん中に水をうめたんだと。 「あっちっちー」 蝙也斎が足を入れるとあまりの熱さにそれはそれは蝙蝠のごとく飛び上がってしまったんだと。女中がいれたのは水ではなくあつーいお湯でなぁ、ひそかに蝙也斎を驚かす機会をうかがっていたんだと。この女中は三年分の賃金をもらって家に帰ったんだと。 あまり策にとらわれないで平凡な事ほど効果がある、ってなぁ。蝙也斎はこのことを肝にめいじて剣の道に励んだんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |

