興禅院の抜け首
仙台の北のほうさ興禅院っちゅうお寺があるんだども、昔は違うとこさあってなぁ、これはそのころのおはなし。 むかしなぁ、興禅院に一人のお坊さんがおったんだと。ある晩のこと、お坊さんが本堂でお経をあげていっとなぁ、首筋の後ろがなんだか冷たく感じたんだと。んだども気にしねえでお経を唱えていっと今度は目の前さ顔があらわれたんだと。お坊さんがよくよく見てみっとそいつは後ろのほうから首を伸ばしてお坊さんの首をぺろぺろなめていたもんでなぁ、お坊さんは腰を抜かしてしまったんだと。 それからというもの毎晩毎晩、本堂でお経を唱える坊さんの首をなめるもんだから気味悪くなって、とうとうお坊さんは寺から逃げ出してしまってなぁ。 その話がまわりにも伝わったもんだから興禅院のまわりのお里を今の興禅院のあっとこさ移してしまったんだと。 それからある日のことなぁ、炭焼き小屋から家さ帰る男がおったんだと。夜は気味が悪ぃもんだから急ぎ足で歩いていっとなぁ、目の前さ十ばかりぐれいのわらしっこが歩いていたんだと。男は 「こらこら、こんな時間に歩いてどこさ行く気だ」 って声をかけるとなぁ、わらしっこは男のほうさ振り向いたかと思うと首がするするするーって伸びてきてなぁ、男の鼻先にまで近づいたんだと。これには男たまげてしまってなぁ、その場で気を失ってしまったんだと。 村のもんは男が帰ってこねぇもんでみなで探しに行くとなぁ、興禅院があったあたりさ倒れていたんだと。村さ連れ帰ったんだども何日もしないうちに死んでしまったんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
ソバコメ坂
むかしなぁ、仙台の岩切っちゅうところに高森城って城があったんだと。そこは昔から戦いが激しい城でなぁ、今市っちゅうお殿様が政宗公と争って高森城さ立てこもったんだと。政宗公はこの城は水のべんが悪いっちゅうことを知っていたもんでな、周りの水の手をすべて断ち切って城の周りをぐるっと囲んでいたんだと。 さぁ、城のほうは大変でなぁ、どうにかして水がねぇことを悟らんねぇようにしようとわざと政宗公の見えるところさ馬引っ張り出して米とそば粉を足さかけて洗ったんだと。政宗公のいるとこから見ると水で馬の足を洗っているように見えるもんでなぁ、政宗公はふしぎがったんだと。 そしたら米とそば粉をみつけたからすがたくさんやってきて米やそば粉をついばみはじめたんだと。これを見た政宗公は水ではねぇってことを見破ってな、総攻撃をしかけたんだと。それからまもなく高森城は落ちてしまったんだとさ。 それからというもの城の西側のほうさ白い米のような砂とそば粉が焼けたような砂があってなぁ、そこをソバコメ坂って呼ぶようになったんだと。 そういや、今市おこしっちゅう今市の足軽が内職で作っていたおかしがあるんだどもそれはなぁ、いくさで焼けた米がいっぱいあったもんでそれを家さもって帰り塩で味付けて黒豆を混ぜておこしを作ったんだと。黒豆っちゅうのは米をついばんだからすをあらわしているんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
「苗竹印」
むかしなぁ、天竺のほうさ狐が住んでいたんだと。狐は重たい毛皮を着ているもんだからまいにちまいにち汗かいて暮らしていたんだと。 ある日のこと狐がえさを探していると、遠くのほうさ黄金色したもんが見えてな、近づいてみっと、それは金色に輝く稲穂でなぁ、狐は一房くわえていざ食べようとするとな、稲穂のすき間からぬぅーっと唐獅子があらわれてな、狐に襲いかかろうとしたんだと。 狐はあわてて稲穂を加えたままどんどん逃げ出してなぁ、唐獅子も狐をどんどん追いかけてな、山を越え海を越えて狐はいつの間にか七北田さやってきたんだと。後ろから唐獅子がいつやってくるかわかんねぇから土ほってそこに稲穂を埋めて目印に近くさあった竹をさしてまた逃げ出したんだと。 しばらくたって狐はあたりをうかがいながら目印の竹を探したんだと。そしたらそこには苗が青々と育っていたんだと。それから秋にはあたり一面に黄金色の稲穂がたれてな、仙台でも米を食えるようになったんだと。んだから豊作を願って苗代さ竹をたてるようになったんだと。 それからな、狐は毛皮を着ているもんだから七北田が住みやすくてなぁ、そのまま住みついたんだども、唐獅子はあまりにも寒いもんだから天竺さ帰ってしまったんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
山の寺
むかしなぁ、あるところに仲むつまじい夫婦が住んでいたんだと。住んでいるところがあまりにも素晴らしい土地でなぁ、話を聞いてみっと何百年も前の話を見ていたように語るんだと。ここに住んでいると歳がとらねぇほど素晴らしい土地だってなぁ。 ある日のこと定恵っちゅう坊さんが自分の寺を作るために日本全国を旅していたんだと。山の寺に着くとそれはそれは素晴らしい土地でなぁ、定恵はいっぺんできにいったもんだから住んでいた夫婦にこの土地を譲ってくれないか頼んだんだと。んだども夫婦は長年住み慣れた素晴らしい土地を譲ろうとはしなかったんだと。 そしたら定恵は 「んならわしがこの杖で囲っただけの土地を譲ってくれ」 って地面に小さな円をえがいたんだと。 これだったらいいだろう、って夫婦がうなずくと定恵がえがいた円はみるみる広がって山の寺一帯を囲んでしまったんだと。夫婦は約束だからって定恵に土地を譲って自分たちは西の方さ移り住んだんだと。定恵はそこに寺を建てたことからこの土地を山の寺と呼ぶようになったんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
狼石
むかしなぁ、馬ひいて薪を売り歩いているもんがいたんだと。今日は多く薪が売れたもんだからすっかり帰りが遅くなってしまったんだと。 今では姿が見なくなってけども仙台の城下町から一歩出れば狼がたくさんいてなぁ、青葉城が近え大崎八幡神社あたりまででていたんだと。んだから、そこには茶屋があって一緒に帰る人を探すところがあったんだと。んだども、誰もいねえもんだから仕方なく一人で暗い夜道をじゃんじゃん音を鳴らしながら歩いていたんだと。こうすれば狼よけになるんだとな。 中山道にさしかかっとあたりは真っ暗になってなぁ、いつ狼が襲ってきてもおかしくねぇもんでなぁ、薪売りは大声を出しながら歩いていたんだと。そしたらごぉー、ごぉーってなんとも無気味な声が聞こえてなぁ、薪売りが気味がわるかったんけども声のするほうさいってみっと苦しみもがいている一匹の狼がいたんだと。そのまま通り過ぎようとも思ったんけどもなんだか様子がおかしなもんだから狼に近づいてみっとな、どうも口ん中に骨をひっかけているもんでなぁ、 「今、骨とってやっからかむんじゃねぇぞ」 って口ん中さ手を突っ込んで喉のあたりさ刺さってた骨を抜いてやったんだと。そしたら狼は喜んでなぁ、何度も薪売りに御礼を言うかのようになんどもなんども振り向いていたんだと。 それからこの薪売りが通る時はこの狼が近くさやってきてな、襲われねぇようについていくようになったんだと。んだから薪売りは自分のおむすびの一つを狼さあげてたりしたんだと。んだども薪売りが亡くなってしまってな、中山道さあらわれなくなっと狼は薪売りを呼ぶようにいつまでも遠吠えを続けていたんだと。 そんな狼を哀れに思った地元の人は狼石っちゅう石を建立して後世に伝えたんだと。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
首もげ地蔵
むかし大満寺ちゅうところになぁ、顔が磨り減っているお地蔵様がいたんだと。そのお地蔵様は子供達がとても好きでなぁ、子供とたちと遊ぶのを楽しみにしていたんだと。 子供達はお地蔵様の首をもいで遊んでいるもんだから、鼻や耳が磨り減ってしまってなぁ、それでもお地蔵様は子供達と遊べるもんだから楽しんでいたんだとなぁ。 そんなある日のこと、ある村人がお地蔵様の首をもいで子供達が遊んでいるのを見つけてなぁ、たたられねぇか驚いてしまってお地蔵様の首をつないだんだと。 そうしたらその晩から、首をつないだ村人は高い熱を出してなぁ、夢ん中にお地蔵様が出てきたんだと。 「わしは毎日子供達と遊ぶのを楽しみにしていたのに、おぬしが首をつなげるもんだから遊ぶ事ができなくなったではないか」 ってなぁ。それからというもの、大満寺のお地蔵様の首はもげたままなんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |
金玉塚
むかしなぁ、南部の国に金玉という人がおってな、金玉は生まれた時から目が見えなかったんだと。目が見えねえで満足に働く事ができねえもんだからどうにかしてえらくなりたくてな。座頭っちゅう冠位がほしくてまいにちまいにち修行のあいまに働きながら小銭を稼いでいたんだと。 そうしてやっとこさためたお金を懐に入れてな、座頭の地位を貰うために京へのぼったんだと。目が見えねえもんだから苦労しながらも歩いてなぁ、大沢山に差し掛かった時のこと、 「こらぁ、かねをおいてけぇ」 なんと間の悪いことにおいはぎが金玉を襲ってなぁ、 「この金ぁ京へのぼって座頭貰うための金だからゆるしてけろ」 って命乞いしたんだと。おいはぎは大金を持っている事に気がついて金玉の首をしめはじめてなぁ。金玉は死ぬ間際に 「殺されるのは悪縁と思ってあきらめるべ、冥土の土産におめえの名前を聞かせてけろ」 っていうもんでなぁ。どうせ殺すんならとおいはぎは自分の名前を金玉に告げたんだと。 そうしたら 「コガネダマダイタクサンニセツガイスヌシハレイボクハナハナダシイヤツ って唱えてわしを回向してけろ。もししねぇなら七代まで祟っからなぁ」 そういって息を引き取ったんだと。 おいはぎはこのような脅しにはなれているんだども、せっかくだからと 「コガネダマダイタクサンニセツガイスヌシハレイボクハナハナダシイヤツ」 と唱えたんだと。それからある日の事、おいはぎは宿でいつものように 「コガネダマダイタクサンニセツガイスヌシハレイボクハナハナダシイヤツ」 と唱えたんだと。そうしたらなぁ、おいはぎの部屋をがらっとあけるもんがいたから、なんだべなぁ、と後ろを振り返るとそこには役人がいてなぁ、おいはぎは御用となったんだと。おいはぎが唱えていた言葉は 「コガネダマダイタクサンニセツガイスヌシハレイボクハナハナダシイヤツ」 「 金 玉 大 沢 山 に殺 害 す主 は鈴 木 甚 八 」 (金玉大沢山に殺害す主は鈴木甚八) ってな、この経文をおいはぎの隣の部屋に泊まっていた金玉の弟子がきいてなぁ、師匠が殺された事をしっていそいでお役人に訴えたんだとさ。 金玉が殺された場所に塚を作って回向したんだと。それが今でも残る金玉塚でたくさんの杖が奉納されているんだとさ。 まんが日本昔ばなしの本をお探しの方はこちら ![]() |


